ワタリウム美術館で開催中の「鴨治晃次 展|不必要な物で全体が混乱しないように」。
ポーランドを拠点に活動する芸術家、鴨治晃次氏の日本初となる本格的な個展です。半世紀以上にわたる氏の芸術の軌跡を辿り、シンプルながら奥深い普遍的な魅力に触れる貴重な機会といえるでしょう。
鴨治晃次とは
鴨治晃次氏は1935年生まれ。画家、インスタレーション作家、オブジェ作家として、1960年代からポーランドを拠点に活動しています。
ポーランドと日本を繋ぐ芸術家
氏の芸術はポーランド美術史に貢献し、作品は国内主要美術館に収蔵されています。
その根幹には、西洋の現代美術と、自身のルーツである日本の伝統という二つの文化が存在し、独自の普遍的な表現を生み出してきました。
「適当」とシンプルさを追求する姿勢
作品に通底するのは「シンプルさ」。素材の力を活かし、余計なものを削ぎ落とした表現を貫いています。
また、日本の伝統にも通じる「適当」(本来あるべき正しい位置や状態)の探究も重要です。
線一本、石一つの配置にも完璧なバランスや物事の本質を見極めようとする姿勢が現れます。
私的な経験と精神性
作品には、氏自身の私的な体験が静かに反映されることも。
友人の自死と向き合い作品へと昇華させた経験のように、個人的な記憶や感情が普遍的なテーマへと繋がります。
近年はデッサンを中心に、ミニマリズムや精神性への関心を深め、反復行為を通して世界の本質に触れようとしています。
展示会の展示物
本展は鴨治晃次氏の小回顧展として企画され、1960年代から現代までの絵画、立体、デッサン、インスタレーション約110点が展示されています。
初期作品:素材への意識の目覚め
1960年代半ばの《プルシュクフ絵画群》は、氏の芸術の出発点。
彩色した木の板に穴を開けたレリーフ状の絵画で、素材そのものの存在感を意識させます。
後の全作品に通じる「素材のシンプルさ」への志向がここで確立されました。
日本の伝統と現代美術の融合:《二つの極》
1972年のインスタレーション《二つの極》は、抽象絵画と中央に置かれた石で構成。
日本の伝統的な美意識の影響が色濃く、ミニマルな構成に緊張感と静謐さが共存します。
氏が追求する「適当」の一つの到達点を示します。
近年のデッサン:ミニマリズムと内省
2011年から2015年のデッサン群は、氏の近年の思考を純粋に示します。
紙、筆、墨、白い絵の具のみというシンプルな素材と技法で、反復的に線が引かれます。
ストイックな制作態度はミニマリズムや精神性の探究を感じさせ、空間や自然の本質を捉えようとする試みです。
時空を表現するインスタレーション:《通り風》
1975年制作の《通り風》は、穴の空いた和紙によるインスタレーション。
目に見えない「時空」や「時間の経過」といった普遍的な概念を鑑賞者に意識させます。
私的な記憶の表象:《佐々木の月》、《静物》
友人の死への追悼《佐々木の月》(1995)や、身近な記憶から生まれた《静物》(2003)など、個人的な体験に根差す作品も。
生と死に対する氏の深い思索が感じられます。
ワタリウム美術館での鴨治晃次展は、氏の真摯な芸術探求を体感できる貴重な機会です。
研ぎ澄まされた表現の中に存在する豊かさを発見しに、足を運んでみてはいかがでしょうか。